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  〜 ご 挨 拶 〜

💡03年から約4年半公開していました旧サイト『アスレチックにおいでよ!』管理人/ チャーリーあらため茶蟻です。皆さま、デンジスパークしてますか!?

さてさて。 タダの"個人的偏狭シュミ"の自己満足企画と思っていた、サイト内のロケ地調査コーナーが、運営当時意外にも好評で、驚くほど多くのアクセスがあり、お声をかけていただいた全国ロケ地ガイドさんのリンク集にも掲載されました。

その後一身上の都合でサイトは閉めましたが、リサーチ熱はくすぶり続け、最近また気持ちの導火線に着火した模様なので再開してみました。

と申しましてもじつは・・・新ネタはそんなになく(←ココ強調しておきます)、大部分は以前の再録です。ただ、今後は「保存版」としてウェブ上に残す方向で考えております。

当時は、判明後撮影済みでも、多忙で編集が追いつかず予告としてトップにサムネイルのみ小さく載せたものや、本更新時、他サイトさんと場所が重複し、アップを自粛したネタも複数ありました。

今回はそれらも含めこぼれ話と一緒に再編予定です。また番外編として他戦隊も紹介予定です。不定期更新となりますが、どうぞ皆さん宜しくお願いいたします。2013年8月


※当サイトに掲載のロケ地写真/文章の無断転載を禁じます。


■吉見観音(吉見町)

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第42話「少年を喰う悪い夢」で使われた寺院で、埼玉県は比企郡吉見町御所にある吉見観音(岩殿山安楽寺)です。東武東上線「東松山」駅から北東4.5km強のところにあります。



あきらがインストラクターをつとめるアスレチッククラブのスイミングの帰り、友だちと別れた早川秀一の背後で、三階部分の屋根に出現したニンポーラーが飛び降りた三重塔がこちら。
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安楽寺本堂を右に入った奥に、この三重塔があります。
※秀一が友だちと別れた、後ろに都電が走る風景は、別の場所です。



三重塔から飛び降りたニンポーラーが秀一の前に姿を現し、頭の中に入り込み、失神させた本堂右の空間。
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現在はベンチが置かれ、休憩場所のようになっています。



ベーダ―怪物にとりつかれた秀一は、公園で棒を振り回して暴力をふるったり、古タイヤに放火するなど、狂暴な行動がエスカレート。あきらは、自分のスイミングの教え子である秀一をかばい、チーコたちの取り調べからも逃れ・・・静かな寺の境内で、秀一から理由を聞き出そうとします。
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本堂右の角。ここにあきらと秀一が立っていました。背後にさきほどの三重塔が見えるアングルです。秀一からあきらの頭へとニンポーラーがのりうつり、秀一が倒れ、チーコたちが職務質問にやってきたのも、この角の前でした。



このシーンの最初で、寺の鐘の音とともに差し込まれる映像が、こちらの像たち。
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(上)仁王門両側のフェンス内に二体あるうち、右側の仁王像。(下)山門を上がった境内、階段手前、寺の名前にもなっている観音像(大小あるうち大きいほう)のお顔です。仁王像は塗装が新しく施され若干表情が違うようにも見えますが、観音像はさしたる変化はなく当時のままです。



本堂前で気を失って倒れている秀一を見つけたチーコたちが、今度は、目が覚めて突然走り出した秀一を追いかけ、急いで駆けおりていた山門の石段がここ。安楽寺に着くと、最初にあがる階段です。
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現在の山門には昔ほどのお札は貼られておらずきれいな状態で、「坂東十一番霊場」の木の札もありませんが、石段の垣根などは当時の雰囲気を残しています。チーコたちはちょうどこの下の道にミニパトを停めていました。



ふたたび、さきほどの本堂右角ですが、名乗り変身後のダストラーとの戦闘シーン(小田原城)の映像の中に、安楽寺の映像も一部差し込まれています。デンジレッド→ピンク→ブルーの順で、戦うシーンに使用されています。レッドとピンクは刀を手に、この本堂廊下でダストラーと絡み、ピンクはここの角から飛び降ります。
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現在は本堂裏の石垣が木に隠れてこの角度からではほとんど見えませんが、当時の映像、デンジレッドの背後にはしっかり映っています。


ブルーはこの縁の下でダストラーと取っ組み合い、刀で息の根をとめるところ。
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↑↑あ、左下に、私の手にしていた資料が映り込んでしまいました!(笑)



pencil.gif  デンジ写シーンこぼれ話
 「神経痛とともに・・・ああ東松山」

映像からマルわかりの北区の飛鳥山公園の映像から突然、地方の?寺へ映像が飛ぶ(笑)シーン。チーコたちが秀一を追いかけ、山門の石段をおりるシーンの後ろに映り込む「坂東十一番霊場」という文字が撮影場所特定の糸口となりました。余談ですが、大学時代、実家が東松山という友人が言っていた「焼きトンが有名」という以外の東松山情報が全く私のアタマに無い状況での(笑)、東松山・初上陸と相成りました。

サイト運営当時、この安楽寺の調査に訪れた際、茶蟻さんったら前日残業ですこぶる睡眠不足という過酷な状況の中、(当時は夜型人間で・・)無理して早起きして東松山までやっとの思いで来たことを思い出します。快晴の土曜でした。その時、茶蟻さん、過労のストレスからか??腰のピリピリする痛みを伴いながらの凄い道中。(笑) 東松山駅からはタクシーで吉見観音に向かいました。そんなに埼玉奥地でもないのに、のどかに広がる田園風景に心洗われ、ストレスも吹き飛び・・・と思いきや、神経痛のような痛みはいっこうにおさまりません。

いざ吉見観音に着き、(当時はビデオの)映像の静止画からおこした自作の絵コンテを手に、境内をくまなく回り、撮影場所を特定し、写真撮影すること1時間半。観音様をじかに見て、東映ヒロイン図鑑の写真の記憶とつながり、他の特撮でも使われている可能性を感じたりしながら、お茶で一服。しかしここはやはり田舎・・・。都内のように帰りのタクシーなど拾えるはずもなく。そんな時、茶蟻さんにふと愉しげな考え(笑)が浮かびます。

散歩とは呼び難い・・・長距離ウォーキング。「東松山駅」とはたいして緯度のかわらない「鴻巣駅」まで歩いたら楽しいかも!?!?(※実際2kmは緯度の差があったが) 当時携帯も持っておらず、ロケ地調査用の埼玉県道路地図は重いので家に置いてきた・・・。"頭の中の地図"と動物的勘で東へ東へ。なんと本当に鴻巣駅まで2時間歩いてしまった茶蟻さん。あとで調べたら、約6kmありました!! その間、断続的な腰のピリピリは強まり、いつの間にやら脇腹の皮膚にかゆみを伴うポツポツができていました。後日病院へ行くと「肋間神経痛/帯状疱疹」という診断。・・・・茶蟻さんのおバカ炸裂!! まさに命がけのロケ地実地踏査だったのでした。

【第42話「少年を喰う悪い夢」の最新記事】

■小田原城(小田原)

第42話「少年を喰う悪い夢」でニンポーラーとの戦闘のシーンに使われたのが、神奈川県は小田原市にある小田原城です。



秀一からあきらの頭の中にのりうつったニンポーラーが、電気ショックによりあきらから分離。"偽デンジランド"の外へ脱出。オレンジ色のとびらの先がこちら。
常盤木門(※後述)付近の石垣です。上部の白壁にとびらが付いていました。
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石の形状、積まれ方まで当時のまま! 執念捜索の末、ついに発見!



ニンポーラーが、忍者姿の赤城にキックされ、ブザマに転倒した地面。
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常盤木門前の石段付近です。



降り立った赤城が覆面を取るのは、天守閣真下の広場でした。
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赤城・黄山の台詞シーンとも、天守閣をバックにしています。



デンジマンに取り囲まれ、あわて始める・・・情けないニンポーラーが立っていたのが、本丸の正門=常盤木門(ときわぎもん)の前。
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オレンジのとびらのあった白壁、ニンポーラー転倒場所ともに、この門の前です。



つづいて青梅が、ニンポーラーに、潜入したのは偽デンジランドであることを告げる、門の左側。
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だましたな〜なんて言ってるお前もだろ!とニンポーラーにツッコミたくなった矢先、緑川がカッコよくキメてくれたシーンも、常盤木門前のスペース。
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あきらの決め台詞が印象的なあの赤い橋は、現存せず! このやぐらの左側から手前にかけて架かっていたはずですが。
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案内所の話によると、この二の丸のお堀にかかっていた「隅櫓橋(すみやぐらはし)」は平成18年に撤去。もともと皇室の御用邸が二の丸にあったために架けた橋だったそう。
現在は写真の隅櫓のみ現存。残念・・。



まぶしい天守閣。デンジマンが凛々しく並んでいたのが、右下の草の生えた段差のところ。
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デンジマンの名乗りシーン。天守閣を下から撮影。
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石垣の真下は立入禁止のため、当時と同アングルからの撮影が不可能。


石垣の上の、段になった空間(草の生えている)にデンジマンが立っていました。
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それぞれの名乗りシーンもこの出っ張りの下。天守閣からの飛び込みシーンも、この上方を様々な角度から撮影したもの。



このあとのシーンで、デンジグリーンがダストラーとたたかっていた赤い橋は、本丸へ入る手前の「九輪橋」です。
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デンジグリーンに切りつけられ、ダストラーが落ちていった橋の下がここ。
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pencil.gif  デンジ写シーンこぼれ話
 「やってきました神奈川県 世間知らずな茶蟻さん」

サイト運営当時、国内の主要な城郭の写真資料を見比べた結果、小田原城と判明しましたが、仕事のスケジュールとの兼ね合いもあり、都内から少し距離があるため、出かけるふんぎりがいまいちつかず、場所だけ判明させたものの(別のロケ地の群馬もそうでしたが)現地へ精査にまでは行かずじまい。他サイトさんとネタがかぶったこともあり、放置したままでした・・・。

神奈川県出身の方や、歴史好き/お城好きの方ならば、見てすぐ小田原城だとわかるのでしょうが、私の場合特に何の心当たりもなく、どこの城だ??と調べて初めてわかるという始末でした。"小田原"というと都内の他のロケ地と違って(遠い・・)という思い込みがまず先にあり、後回しにしてましたが、実際に経路を考えると新幹線でなくても、快速で東京駅から1時間ちょいという近さであったことを最近知りました!(笑) 

茶蟻さん、ひどいお嬢様育ちなもので(え??)、自分で新幹線の券を買ったことがなく、今回も新幹線は買わずに気軽に快速で行こうとし、快速で座るには「グリーン券」が別に必要ということも今回知り、グリーン券の買い方も知らず、わざわざ窓口でたずねたくらいの世間知らずです。勉強になりました!

資料館や案内所で取材する際、特に作品の説明はせず、場所の写真(デンジマンの静止画像をプリントアウトしたもの)を見せながら聞いていたのですが、係の人が「これは何ですか?」と指さしたのがニンポーラーがブレて写っている姿。(爆) 思わず「か、カイブツです」と答えた私に、係の人、カタマッテました・・・。ちょっと刺激が強すぎたかしらん・・??


■スポーツセンター周辺(上井草)

第25話で、黄山純が、メダマラーののりうつった礼子に遭遇し、デンジスパークした場所。東京・杉並区は上井草3丁目にある、上井草スポーツセンター周辺の道路です。すっかり"ガンダムの街"の上井草ですが、私たちとしてはメダマラーの街と呼びたいところです。



ひそかに恋い焦がれていたが・・・デート中のド派手な礼子にイメージギャップを感じ、彼女から逃れるように黄山が険しい表情で走ってきたのが、この歩道。
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当時、右側に見えていた丸く反った壁は、現在は途中まで撤去され(※右がスポーツセンターの建物)この位置に壁はありませんが、写真中央のお宅の外観は当時のまま。



壁の上の運動場には、形こそ違うものの、当時と同じ感じに今も排気塔が並びます。
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誰かから監視されていると感じながら黄山が立ち止まった地点が、下の壁のところ。



次の瞬間、黄山の前に、礼子の幻(メダマラーが憑依した姿)が現れます。
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当時は壁の肌がコンクリそのもので汚れた感じでしたが、今は塗料でコーティングされ、つややかで清潔な感じに変わっています。歩道の幅も当時より広くなっていますね。



黄山は即座にデンジスパーク!!しましたが、礼子の幻は消え去りました。
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左側の建物は早大ラグビー場内の上井草体育館。当時は青色でした。(以前は三菱信託グラウンド)



戦いが終わり、エピソードはラストへ。八百屋の店先で明るく元気に接客する礼子ちゃんを、道の向こうからデンジマンたちがほほえましく見守るシーン。
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スポーツセンター裏手/西側の道路です。スポーツセンター側から道向こうを見たところ。あとのシーンから分析して、デンジマンたちが立っていたのはこの電柱のあたりと考えられます。



上の写真の地点へ道路を渡り、スポーツセンター側を見ます。ここを背後にして青梅と緑川が、手前のガードレール近辺で談笑しています。
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歩道の樹木がかなり生い茂り、丸い壁が当時ほど見えませんが、道路端のミラー(写真中央)が当時と同じ位置に。



つづいて、赤城とあきらの談笑シーン。「お店も繁盛、繁盛!」 青梅たちのシーンとほぼ同じ位置です。
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速度標識や、はるか遠くにうっすら映り込むマンション(屋根が青)が昔のまま。かろうじて当時の雰囲気を残しています。



再度スポーツセンター周辺に戻ります。
ラストシーン、戦いの終わったデンジマンたちの和やかムード。礼子の八百屋で買ったすいかを皆で投げ合って歩いていたのがこのあたり。
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最初に黄山が走ってきた場所から、やや後方の地点になります。




pencil.gif  デンジ写シーンこぼれ話
 「ありがとう芝信金」

突破口=映像の中の重要ヒント「芝信用金庫」の文字に気がつくまでは以下の推測のもと、調査していました。

映像に映りこんだ排気塔から、下水処理場か浄水場? に方向性が偏り、都内か埼玉??の下水処理場近辺のうち、
●沿った壁が50m強は続き、途中からカーブ。
●(映りこむネットから)近くにゴルフ場?グラウンド?あるいは土手?
●近くにT字路→後方50〜100m内に、銭湯? 工場? 火葬場? いずれかの煙突あり。
●(結局体育館だったが)近くに大きな倉庫?か体育館?あり。

要件を満たす場所の特定にあたり、下水処理場の写真や航空写真を片っ端から調べたがどうもピンと来ませんで・・・思いきって下水処理場の推測を捨てることに。

さらに、デンジイエロー津山栄一さんに(ご子息のサイトを通じ)突撃質問。回答:「ロケバスで行ったことしか記憶にない」・・・
次に、特徴ある、丸く反った壁に絞って画像検索し丹念に見ていくも何も出ず。


しかし。久しぶりにビデオを観た際、ラストシーンでそれまでよく見なかった後方の煙突横の"緑の看板"に、薄っすらと文字を発見。リサーチ当時DVDは未発売のためビデオしか流通していない上、当時うちのテレビが液晶で余計に文字がつぶれて見づらく、一時停止を執拗に繰り返すうち(笑)「芝信用金」と見えた。

「煙突と芝信用金庫・・」芝信金の都内全支店の住所をもとに地域を絞って現在の地図にあたり、要件がいくつか当てはまるものを抽出。そして、運動場があり、近くに水道局・給水場があるのにもピンときたのが「上井草支店」。下水処理場を調査時、このような場所に蓋をし上のスペースを有効利用する傾向があることを知り、この運動場は給水池の上に出来ているのかもしれないと。 

さらに80年当時の地図で、芝信の裏に銭湯(大師湯)を発見。映り込んだ煙突との距離感が合いました! さらにさらに現地に行けそうな週、突然井草在住のバンド仲間を思い出し、スポーツセンターについて聞くと、壁が反っているという有力情報をゲット。間違いない・・と茶蟻はニヤリとしました。

この場所はもともとプロ野球の公式戦でもにぎわった「上井草球場」で、昭和34年に貯水池にし、その上の空間にグラウンドをつくり、上井草総合運動場として昭和42年に完成。昭和54年に都から区の管轄へと変わったそうです。(杉並史による) その翌年デンジマンが撮影されているわけです。茶蟻さんの「下水処理場の推測」はあながち的外れでもなかったんですねぇ。

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